3. 中国を行く
今回の一人旅は中国。夜10時、閉店間際の北京国際空港に到着。
安宿を熱望したため、タクシーの運転手さえ初めて行く下町で下ろされる。このご時世に、明かりのある方を頼りに歩くこと15分。
宿は1泊2000円。なぜかコンドーム完備。これの他に、大きめのも常設。やっと、ここがどういうホテルなのか気づき、早くも膝から崩れ落ちる俺。
ちなみに、手前が非常階段のドアで、奥のドアが俺の部屋。24時間365日、万全の逆セコム状態が続く。
朝食は町の屋台へ。このように、現金の管理には最新のセキュリティが導入されている。
料理は「素朴」を超えると「悲しい」というジャンルに突入することを教えてくれた1杯。この豆腐はひとつ10円ほど。
初日は天安門広場を目指し、地下鉄での移動を試みるが、切符の買い方がわからない。無職そうな中国人のオッサンに聞いたら「難しい」と言う。
そんな俺を尻目に、駅構内にはミュージカル「CATS猫」のお知らせ。
しばらくすると、何とか天安門が見えてきた。この前日、この広場で変質者が16人を殺傷したという好条件のなか、門へと歩いていく。
何よりも「毛」という、グレそう度100%の名字ながらも、ここまでのし上ったことが凄い。しかも自分で名乗っておいて、本人に毛が少ない。大物はいつも強引だ。
中に入ると、本日1人目のブサイクを発見。そして向こうも俺のブサイクさに気づき、日中間初のブサイク摩擦が発生。リングに緊張が走る。
「痛くなったらすぐセデス」的なことが書いてあるのだろう。広場には、赤と黄色の洗脳カラーで大衆をあおる、巨大ハイビジョンが2台。
街に行くと、当たり前だが漢字ばかり。正直漢字なら何とかなると思っていたが、あまりの読めなさ度に、焼き鳥1本満足に頼めないアウェイ状態が続く。
北京郊外に、創業100年以上、最強の北京ダックを出す店があるとホテルの従業員に聞いたため、探しに町をさまよう。通りを歩き回るが、見つからない。
2時間後、裏通りを歩いていると、左の壁にダチョウの絵が描かれているのを発見。これが目印とは言わせない。
恐る恐る直進していくと、突き当たりにやっと店らしきものを発見。
やっとのことで店内へ。香りがいいという理由から、果物の樹木のみでダチョウを数時間あぶるという、手間暇かけた一品。味は別に普通。
北京ダックよりも、その下町に生きる人々の方がジューシー。道端では、途方に暮れる激落ち君が明日を探していた。
9年連続200生ゴミを達成したゴミロー。確かな一歩の積み重ねでしか、手に入らない夢がある。
まだ明るいので、今度は北京の南部にある寺へ移動。寺のふもとには観光客にまぎれ、
もちろん寺の外には、下だけパジャマの半パジャが緊急の事態に備える。国宝を守るため、みんな真剣だ。
夜はラーメン。どう見ても適当に作ってるようにしか見えないのに、酸っぱさ、旨み、店員の歯並びの悪さなど、全てが「ザ・中国」という脅威のバランス。
前日歩きすぎたため、翌日はタクシーに乗りまくる。異常に物価が安いからできるだけで、日本だったら1時間で破産。
北京オリンピック会場へ。ちなみに俺はオリンピックに全く興味がない。しかし、ハンマー投げの選手が投げた後に叫ぶシーンをまとめたDVDがあれば、買うと思う。
ところで、北京の沿道には、どう遊ぶのかわからない遊具が多い。ゆえに誰も遊んでいない。
路地裏での駐車方法は、キス我慢選手権。理性が試される瞬間だ。
そういえば、中国には「車にひかれたら、歩行者の責任」という暗黙のルールがある。
夜は屋台が盛り上がる。都心の10分の1の値段。ビールも大瓶で激安。夜中まで飲みまくる。
中国の食の安全は問題になっているけど、下町の中華屋の腕は半端じゃない。どうせ死ぬなら食っておく。
万里の長城に行くため、早朝6時45分、北京北駅へ。やってなかったら殺す。
特急列車のチケットを買いたいけれど、買うためのルールが複雑で意味がわからない。中国人の学生に助けてもらい、ギリギリでチケットを購入。
中国らしく、この駅も世界最大らしい。最大はわかるんだけど、歩く人のことを全く考えていないデカさ重視の設計に、全俺からクレームが発生。
列車内、席の隣は鉄道マニアだった。乗り出して動くもんだから、俺の席から風景が見えない。発車から5分後、いい加減「見えないよ」と言おうと思ったそのとき、
駅から降りると、万里の長城まで国道沿いの山道が続く。そこそこ歩くが、たいした距離じゃない。
壮大な風景。でも距離感がつかめず、実はジオラマのように見えてしまう。うまいこと感動できなかったため、
隣にいた中国風・アホの坂田に全てを託す。坂田氏の満足気な表情が、この風景の全てを包み込む。
ところで、万里の長城はポイントポイントに砲台&見張り台がある。当時、緊張感に溢れていたこの場所は、
現在ではこのように、知らないオバハンが次々と出てくるシステムになっており、実におだやかだ。
駅に戻る途中、秋の新作を発見。今年はこんな自然体のリュックで、ライバルに差をつけたい。
北京には、さまざまなテーマの寺がある。ここの見所は「鐘」。ここまでマニアックだと、観光客はおろか地元の人間さえ近寄らないインディーズ寺と化す。
その寺の境内にあったゴミ箱。「美化環境」までは分かるけど「熱愛生活」に繋がるかどうかは、検討の余地がある。
2年前の新聞をガン見する特ダネ婆さん。あまりの直立ぶりに、このままロケットのように真上に飛んでいくかもしれないと、場内に戦慄が走る。
庄子。初恋の人の名前と思う。庄子はきっとこれを見て初めて、どれだけ愛されていたかを知るのかもしれない。しかし、時は戻らない。
最終日の夜も下町料理とビールを求め町を歩く。そして、焼き鳥屋の店員の子が革命的なプリティーフェイスであったという、悶々パターンで今回も終了。
翌日午後、北京国際空港へ。これも世界最大級。頼んでないのに、完全なカメラ目線で割り込んでくるリアル中華三昧。
万里の長城からダンボール肉まんまで、人類の歴史をことごとく塗り替えてきたこの国は、真面目かバカか全くわからないことがよくわかった旅だったと思う。